2008-05-11 Sun
20年以上前の本だけど図書館になかったのでリクエストして買ってもらった。忙しくて期限内に読めなかったので延長しようかと思ったら、すでに他の人の予約が入っていた。待っていた人いたんかー。
後半から結末にかけてはエンターテインメント小説ぽい予定調和になるけど、前半はとても面白い。何しろ日本語がきれい。SFは嫌いなほうではないのに、最近まで神林長平を知らなかった。海外ものに比べて日本SFを下に見ていたせいもあるけれど、SFというジャンル小説であることで、日本では文学ではない扱いを受けていたせいもあるかもしれない(図書館にも入ってなかったぐらいだし。まあ私が無知なだけなんですけど)。純文学とされているものほど日本語のレベルは(もしかして知的レベルも?)低いという昨今、こっちを読んだ方がずっと日本語に酔えると思う。
雪風と続編の間の長さから寡作の人かと勝手に思ってたら、巻末の出版案内見たら、いっぱい書いてる人だった。なんか意外。長編3部作の1作目なのであとのを読むのが楽しみ。
後半から結末にかけてはエンターテインメント小説ぽい予定調和になるけど、前半はとても面白い。何しろ日本語がきれい。SFは嫌いなほうではないのに、最近まで神林長平を知らなかった。海外ものに比べて日本SFを下に見ていたせいもあるけれど、SFというジャンル小説であることで、日本では文学ではない扱いを受けていたせいもあるかもしれない(図書館にも入ってなかったぐらいだし。まあ私が無知なだけなんですけど)。純文学とされているものほど日本語のレベルは(もしかして知的レベルも?)低いという昨今、こっちを読んだ方がずっと日本語に酔えると思う。
雪風と続編の間の長さから寡作の人かと勝手に思ってたら、巻末の出版案内見たら、いっぱい書いてる人だった。なんか意外。長編3部作の1作目なのであとのを読むのが楽しみ。
本・雑誌
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2008-05-08 Thu
人間の暗部をえぐった問題作、しかも近親相姦もの、と聞いて、「私の男」を読んでみました。ちょいあざといタイトルだなあと思いつつ。感想は……直木賞も芥川賞も、もうやめたほうがいいと思う(ついでにオリンピックもノーベル賞も)。出版業界の退廃を感じるよ。
週刊朝日の書評で斎藤美奈子がこの本のことを「こんなの書いちゃいました。てへ。という感じ。この人の書いたものはみんなそう」と評していた。また、直木賞の選評のうち林真理子と渡辺淳一のものを引用していて、特に林真理子は本当に鋭いなあと思ったのだ。
渡辺淳一「もしこれを幻想かファンタジーとするなら、そのような書き方をするべきだが、この作者の安易な文章では到底、表現できるとは思えない。/淳悟と花とのからみのシーンは熱く妖しいが、見方によっては、少女コミックに登場する近親相姦を思わせるところもある」
林真理子「私はこの作品をどうしても好きになれなかった。/作者がおそらく意図的に読者に与えようとしている嫌悪感が私の場合ストレートに効いたということであろう。/主人公の女性にも父親にもまるで心を寄せることが出来ない。/私には“わたし”と“私の男”が、禁断の快楽をわかち合う神話のような二人、とはどうしても思えず、ただの薄汚ない結婚詐欺師の父娘にしか思えない」
うーん、林真理子はえらいなあ。「薄汚い結婚詐欺師の父娘」の物語なのだと思って読むと、もうそうとしか読めなかったもんね。
ちなみに浅田次郎は絶賛。
何でも、作者は前年度に直木賞の候補になった折、自作に対してではないが、人間の暗黒部を描けなれれば〜、みたいな選評?を聞いて、よーし書いてやる、と思って書いたらしいです。
週刊朝日の書評で斎藤美奈子がこの本のことを「こんなの書いちゃいました。てへ。という感じ。この人の書いたものはみんなそう」と評していた。また、直木賞の選評のうち林真理子と渡辺淳一のものを引用していて、特に林真理子は本当に鋭いなあと思ったのだ。
渡辺淳一「もしこれを幻想かファンタジーとするなら、そのような書き方をするべきだが、この作者の安易な文章では到底、表現できるとは思えない。/淳悟と花とのからみのシーンは熱く妖しいが、見方によっては、少女コミックに登場する近親相姦を思わせるところもある」
林真理子「私はこの作品をどうしても好きになれなかった。/作者がおそらく意図的に読者に与えようとしている嫌悪感が私の場合ストレートに効いたということであろう。/主人公の女性にも父親にもまるで心を寄せることが出来ない。/私には“わたし”と“私の男”が、禁断の快楽をわかち合う神話のような二人、とはどうしても思えず、ただの薄汚ない結婚詐欺師の父娘にしか思えない」
うーん、林真理子はえらいなあ。「薄汚い結婚詐欺師の父娘」の物語なのだと思って読むと、もうそうとしか読めなかったもんね。
ちなみに浅田次郎は絶賛。
何でも、作者は前年度に直木賞の候補になった折、自作に対してではないが、人間の暗黒部を描けなれれば〜、みたいな選評?を聞いて、よーし書いてやる、と思って書いたらしいです。
本・雑誌
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19:21:13 |
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2008-02-17 Sun
うーん…。面白いのかな?これは。野崎歓による訳者あとがきのアツさから、「文学的事件」?だったことは察せられるんですが…。現代人の孤独と幸福の不可能性が描かれてるといいながら、作中人物は最終的には男にとって都合のいい女の出現によって現世的に幸せになってるし、その女がまた都合よく死んでくれて(合計3人、恋人の女が自殺したのには苦笑した)それによって男はまた苦悩できるという次第で…。しかも「妊娠小説」でもあるし。
作者はニューエイジやカウンターカルチャーによほど煮え湯を飲まされたのか、ルサンチマンたらたらに、えんえんとその世界の描写が続く部分は、ちょっと読むのがしんどかった。でも3部に分かれた小説の、第1部(主に少年時代の話)はとても面白かったけど。
フランス的な小説ではない、と訳者あとがきには書かれていたけど、こういう人が出てくるというのはフランスの土壌ならではなのではないかしら。まあ、読んでてイヤーな気分になる本ではあるけど、思想としては嫌いじゃないです。
それと、どーでもいいことですが、本作には主人公が二人いて、一人は悲しみを背負った天才科学者、もう一人はろくでなしでモテない変態男。このどちらもが作者の分身のようなのですが、悲しき天才科学者のほうが、ミシェルという、作者と同じ名前をつけられてるんですよね…。逆ならまだ可愛げがあると思うんですけど。
作者はニューエイジやカウンターカルチャーによほど煮え湯を飲まされたのか、ルサンチマンたらたらに、えんえんとその世界の描写が続く部分は、ちょっと読むのがしんどかった。でも3部に分かれた小説の、第1部(主に少年時代の話)はとても面白かったけど。
フランス的な小説ではない、と訳者あとがきには書かれていたけど、こういう人が出てくるというのはフランスの土壌ならではなのではないかしら。まあ、読んでてイヤーな気分になる本ではあるけど、思想としては嫌いじゃないです。
それと、どーでもいいことですが、本作には主人公が二人いて、一人は悲しみを背負った天才科学者、もう一人はろくでなしでモテない変態男。このどちらもが作者の分身のようなのですが、悲しき天才科学者のほうが、ミシェルという、作者と同じ名前をつけられてるんですよね…。逆ならまだ可愛げがあると思うんですけど。
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2008-02-03 Sun
海外文学に詳しい友達もいないので、日本との事情の違いがわからない。日本では小説のジャンルは細かく分けられていて、純文学、エンタメ(中間小説ってのは最近はいわなくなったがこれも変な言葉だった)、SF、ミステリー、ファンタジー、ライトノベル…。SFやミステリーぐらいは海外でもわりとはっきり分かれてるかとは思うけど、純文学なんてものはあるんだろうか。ましてやライトノベルなんて…。肩書きも変なもので、「作家」と名乗っていいのは主に小説を書いたことのある人だけのようで、何となく物書きの中では格が高いようなイメージがある。「作家」と「ライター」は全く別物だし、またその上にいろんな冠をつけて、ノンフィクションライター、ミステリー作家、フリーライター、とかどんどん細分化する。英語ではこれもそれもみんな「ライター」で一緒なのだと何かで読んだときには、それでいいじゃん!と思ったものだ。
何が言いたいかというと、この本はもし日本で出ていたら、どのジャンルに入るんだろう?と思ったのです。純文学なのか、SFか、ミステリーか…。ものすごく強引な設定。しかし描写はたいへんに緊密かつ繊細。タネあかし的なものもはっきりしているしオチもある。ちょっとトンデモかといえるぐらいの設定は、日本でなら純文学でもSFでもなく、青年向けマンガでありそうだ。いや、一時期の村上龍あたりならこういう設定もありかも。仕上がりは全く別物になっただろうけど。
「『わたしを話さないで』は、いわばカズオ・イシグロ自身の頭のなかで醸造された奇怪な妄想をとことん膨らませ、持ち前の緻密な書きぶりを駆使して強引かつ精緻に最後まで書き切ったかのような迫力がある」と解説(柴田元幸という人)にあり、まさにその通りだと思う。ひとつの設定を装置として作り、その中で綿密に情景や人間関係を描き込んでいく。著者もこれは「メタファーだ」とはっきり言っているし、誰もが自分自身を重ねられるよう注意深く作ったと語っている。中身はぜんぜんSFじゃないのだ(いや、別にSFでもいいんだけどさ)。
すごく変わった小説ではあるけれど、一方で、教科書的な、お手本のような小説だとも思った。たくさんの伏線はきれいに引いてあり、あとでバッチリ回収される。そして効果的な小道具がそこここに(表紙デザインにもなっているカセットテープ、船、ロストコーナー等々)。構成はとても緻密に練られているけれど、それでいて文章は読みやすく引きずられるように先を読んでしまう。大学の創作コースなんかではこういうの訓練するのかしら、なんて思ったりする(大学院の創作コース出ているらしい)。もしかしたらそのへんが、ちょっと物足りない人もいるかもしれないと思うのは考えすぎかな。
日本人はどこかで、理性を手放すことをよしとするところがあると思う。本音と建て前なんて言い方するけど、それは本音がいかに好きかということの裏返しだろう。小説においても感情や何やかやに押し流されたり、溢れ出したり、もんどり打ったりする情景が好まれる気がする。あるいは逆に極端にイメージ先行だったり、ぼんやりしてたりするのをよしとする感性。そういう部分が全くない、全てが統率されて、透徹した理性に貫かれている小説を、もしかしたら物足りないと思う人がいてもおかしくないよなあ、と思うのだ。まあそういう意味でカズオ・イシグロが自分にないものを村上春樹に見て評価したりするのかしら、というのは独り言だけど。
それと、これは翻訳についてなのだけど、この翻訳者のこだわりなのか、女性の話し言葉に「〜だわ」だの「〜なの」だのといった女性役割語が、たぶん一つもない。つねづね私はこれらの、一般には全く使われていないであろう女言葉が不自然だと思っていたので、これは読みやすかった。ただなぜか、男言葉の「〜だぜ」はあるというのが不思議なところではあるけれど。
あと、面白いのは、これだけ綿密にいろいろ書き込んでいるのに、主要人物のルックスの描写がほとんどないことで、施設の先生たちや周辺人物の描写はあるけれど、主人公たちはどんな顔をしてどんな背格好をして、美人なのかどうなのか、ということはよくわからない。もちろん表情やなんかの記述はこまかくあるけれど、どれも見た目ではなくて、心の動きを覗かせるような描写になっている。だから読んでいても、主人公たちの顔が目に浮かぶようだ、っていうのはあんまりない。もしかしたら、そのせいでかえって周囲の情景が浮き立って見えるのかもしれない。そして何となくもやがかかったようなミステリアスな雰囲気も。小説には人物描写(単に見た目の)ってなくてはならないものだと思っていたので、ああこれでも小説って成り立つんだ、なんて思った。個人的にはだけど。
とにかく15年もかかって書いたというだけあって、単純にテクニカルな意味だけでもすごいと思う。もう何というか、練られ方が。
子供時代へのノスタルジア、友情、恋愛、性など、あまり私の興味のないものが主軸では描かれているし、やはり設定のあり得なさにはひっかかりつつ読み進めたけれど、そういいながらも涙、涙でした。特にラストシーンはしみじみと哀しく、今思い出しても涙が出る。ほんとに、うまい小説。
しかし表紙のカセットテープ、グッドデザインだとは思うけど、1950年代のテープがこんなんのはずがないよー。
何が言いたいかというと、この本はもし日本で出ていたら、どのジャンルに入るんだろう?と思ったのです。純文学なのか、SFか、ミステリーか…。ものすごく強引な設定。しかし描写はたいへんに緊密かつ繊細。タネあかし的なものもはっきりしているしオチもある。ちょっとトンデモかといえるぐらいの設定は、日本でなら純文学でもSFでもなく、青年向けマンガでありそうだ。いや、一時期の村上龍あたりならこういう設定もありかも。仕上がりは全く別物になっただろうけど。
「『わたしを話さないで』は、いわばカズオ・イシグロ自身の頭のなかで醸造された奇怪な妄想をとことん膨らませ、持ち前の緻密な書きぶりを駆使して強引かつ精緻に最後まで書き切ったかのような迫力がある」と解説(柴田元幸という人)にあり、まさにその通りだと思う。ひとつの設定を装置として作り、その中で綿密に情景や人間関係を描き込んでいく。著者もこれは「メタファーだ」とはっきり言っているし、誰もが自分自身を重ねられるよう注意深く作ったと語っている。中身はぜんぜんSFじゃないのだ(いや、別にSFでもいいんだけどさ)。
すごく変わった小説ではあるけれど、一方で、教科書的な、お手本のような小説だとも思った。たくさんの伏線はきれいに引いてあり、あとでバッチリ回収される。そして効果的な小道具がそこここに(表紙デザインにもなっているカセットテープ、船、ロストコーナー等々)。構成はとても緻密に練られているけれど、それでいて文章は読みやすく引きずられるように先を読んでしまう。大学の創作コースなんかではこういうの訓練するのかしら、なんて思ったりする(大学院の創作コース出ているらしい)。もしかしたらそのへんが、ちょっと物足りない人もいるかもしれないと思うのは考えすぎかな。
日本人はどこかで、理性を手放すことをよしとするところがあると思う。本音と建て前なんて言い方するけど、それは本音がいかに好きかということの裏返しだろう。小説においても感情や何やかやに押し流されたり、溢れ出したり、もんどり打ったりする情景が好まれる気がする。あるいは逆に極端にイメージ先行だったり、ぼんやりしてたりするのをよしとする感性。そういう部分が全くない、全てが統率されて、透徹した理性に貫かれている小説を、もしかしたら物足りないと思う人がいてもおかしくないよなあ、と思うのだ。まあそういう意味でカズオ・イシグロが自分にないものを村上春樹に見て評価したりするのかしら、というのは独り言だけど。
それと、これは翻訳についてなのだけど、この翻訳者のこだわりなのか、女性の話し言葉に「〜だわ」だの「〜なの」だのといった女性役割語が、たぶん一つもない。つねづね私はこれらの、一般には全く使われていないであろう女言葉が不自然だと思っていたので、これは読みやすかった。ただなぜか、男言葉の「〜だぜ」はあるというのが不思議なところではあるけれど。
あと、面白いのは、これだけ綿密にいろいろ書き込んでいるのに、主要人物のルックスの描写がほとんどないことで、施設の先生たちや周辺人物の描写はあるけれど、主人公たちはどんな顔をしてどんな背格好をして、美人なのかどうなのか、ということはよくわからない。もちろん表情やなんかの記述はこまかくあるけれど、どれも見た目ではなくて、心の動きを覗かせるような描写になっている。だから読んでいても、主人公たちの顔が目に浮かぶようだ、っていうのはあんまりない。もしかしたら、そのせいでかえって周囲の情景が浮き立って見えるのかもしれない。そして何となくもやがかかったようなミステリアスな雰囲気も。小説には人物描写(単に見た目の)ってなくてはならないものだと思っていたので、ああこれでも小説って成り立つんだ、なんて思った。個人的にはだけど。
とにかく15年もかかって書いたというだけあって、単純にテクニカルな意味だけでもすごいと思う。もう何というか、練られ方が。
子供時代へのノスタルジア、友情、恋愛、性など、あまり私の興味のないものが主軸では描かれているし、やはり設定のあり得なさにはひっかかりつつ読み進めたけれど、そういいながらも涙、涙でした。特にラストシーンはしみじみと哀しく、今思い出しても涙が出る。ほんとに、うまい小説。
しかし表紙のカセットテープ、グッドデザインだとは思うけど、1950年代のテープがこんなんのはずがないよー。
本・雑誌
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19:34:03 |
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2008-01-27 Sun
なんとなくテレビつけてて、プレミアム10再放送、ドストエフスキー特集。金原ひとみとおじさんがしゃべってる。
「宗教ってー、私にはよくわかんなくってー、キリスト教とかすごく俗っぽい理解しかないんですけどー、今でいうと、恋愛と同じだと思うんですね。自分よりも人だとかー、そいういうのって、恋愛だと思うんですね」
そ、そうなのか? 文学者って、こんなのでいいのか? いや、むしろこうでなくっちゃ芥川賞なんてもらえない、って認識でいいんですか?
インタビュアーのドストエフスキー翻訳者のおじさんが、ニヤニヤしながら(まあもともとこういう感じの人なんだろうけど)何となく嬉しそうに見える。キャバクラ嬢みたいな若い女の子とお話しできて、まあ、浮き浮きするんだろうなあ…と思ったり。
「宗教ってー、私にはよくわかんなくってー、キリスト教とかすごく俗っぽい理解しかないんですけどー、今でいうと、恋愛と同じだと思うんですね。自分よりも人だとかー、そいういうのって、恋愛だと思うんですね」
そ、そうなのか? 文学者って、こんなのでいいのか? いや、むしろこうでなくっちゃ芥川賞なんてもらえない、って認識でいいんですか?
インタビュアーのドストエフスキー翻訳者のおじさんが、ニヤニヤしながら(まあもともとこういう感じの人なんだろうけど)何となく嬉しそうに見える。キャバクラ嬢みたいな若い女の子とお話しできて、まあ、浮き浮きするんだろうなあ…と思ったり。
本・雑誌
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22:52:07 |
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2007-12-19 Wed
高畠華宵の画集を借りた。今まで決して好きな絵柄ではなかったけれど、よく見たらいい絵がいっぱいあって、昔の挿絵はなかなか良いなと思った。それで図書館で名作挿絵全集だの伊藤彦造画集だのいくつか借りて重いのを持って帰ってきた。年末年始はこれらを眺めて幸せに過ごそう。
高畠華宵はちょっとホモホモしすぎるけど、伊藤彦造はかなりいい。流血多めで被虐的で美しい。しかし私などの曇った目で見ると、どれもまあ、耽美的というかエロいというか…。美少年(青年)が裸で縛られてたり血を流していたり、こんな絵を「少年倶楽部」なんかを読む健全な男子が見てもいいのかっ、という感じ。また伊藤彦造の描く鞍馬天狗がめちゃめちゃ妖しいのよ。はだけた胸に長い黒髪を流して、って、ええっっ鞍馬天狗ってこんなんなの?
高畠華宵はちょっとホモホモしすぎるけど、伊藤彦造はかなりいい。流血多めで被虐的で美しい。しかし私などの曇った目で見ると、どれもまあ、耽美的というかエロいというか…。美少年(青年)が裸で縛られてたり血を流していたり、こんな絵を「少年倶楽部」なんかを読む健全な男子が見てもいいのかっ、という感じ。また伊藤彦造の描く鞍馬天狗がめちゃめちゃ妖しいのよ。はだけた胸に長い黒髪を流して、って、ええっっ鞍馬天狗ってこんなんなの?
本・雑誌
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23:41:06 |
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2007-12-18 Tue
週刊朝日、中村うさぎ「セックス放浪記」の書評を読んでたまげた。中村うさぎは恋人だったウリセンの人と別れたあと(ゲイだとは知ってたけどウリセンだったとは知らんかった…)「自分のセックスに問題があるのでは」という疑問が起こり、「テクニックの向上をはかるべく、別のウリセンに指南を仰いでいるという」。
以下インタビューから。「四十九年生きてきて、男性に対して自分がいかにサービス不足だったかということを考えるようになりました。若いうちは男にもセックスにも不自由しないから、努力する必要がないでしょ? でも、女性は年齢に反比例する形で性的な商品価値が下がりますから、四十歳を過ぎたら女は床上手であるべきだろうと。それにしても、五十肩だから疲労で首が痛くて……」
以下書評からの引用。「うさぎ氏のセックス放浪とはすなわち、『自分が無価値な存在ではない』ということを確認する手段の旅なのである。多くの女たちは、その確認方法こそ別であるかもしれないが、同じような恐怖心を心の奥底で抱いているに違いない」
正直、わかるよ、わかる。若いうちは男に苦労しないなんてことは私は全くなかったし、今も昔も努力なんてしたことがないけど(だからダメなんだー)、私だって私なりの闘争はあったし、自分が無価値ではないという確認を求めて七転八倒(大げさ)したこともあった。でも、そういう闘争はしんどすぎて、また不毛すぎて、普通はどっかでやめてしまうと思うんだよね。それを四十九歳でまだ続けている。しかもその過激度はますますターボがかかっている。そのマジメさには謹んで敬意を表したい。しかしそこまで自分の女としての商品価値にすがらざるを得ないのはいったい何だろう。最初から女としての商品価値など投げている私にはやっぱり、わかるようでわからない。最初からない人と、最初はあってオイシイ思いをしたけれど途中から減ってきた人との違いだろうか。それとも世代だろうか。
以下インタビューから。「四十九年生きてきて、男性に対して自分がいかにサービス不足だったかということを考えるようになりました。若いうちは男にもセックスにも不自由しないから、努力する必要がないでしょ? でも、女性は年齢に反比例する形で性的な商品価値が下がりますから、四十歳を過ぎたら女は床上手であるべきだろうと。それにしても、五十肩だから疲労で首が痛くて……」
以下書評からの引用。「うさぎ氏のセックス放浪とはすなわち、『自分が無価値な存在ではない』ということを確認する手段の旅なのである。多くの女たちは、その確認方法こそ別であるかもしれないが、同じような恐怖心を心の奥底で抱いているに違いない」
正直、わかるよ、わかる。若いうちは男に苦労しないなんてことは私は全くなかったし、今も昔も努力なんてしたことがないけど(だからダメなんだー)、私だって私なりの闘争はあったし、自分が無価値ではないという確認を求めて七転八倒(大げさ)したこともあった。でも、そういう闘争はしんどすぎて、また不毛すぎて、普通はどっかでやめてしまうと思うんだよね。それを四十九歳でまだ続けている。しかもその過激度はますますターボがかかっている。そのマジメさには謹んで敬意を表したい。しかしそこまで自分の女としての商品価値にすがらざるを得ないのはいったい何だろう。最初から女としての商品価値など投げている私にはやっぱり、わかるようでわからない。最初からない人と、最初はあってオイシイ思いをしたけれど途中から減ってきた人との違いだろうか。それとも世代だろうか。
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23:48:06 |
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2007-11-29 Thu
『「丸山眞男」をひっぱたきたい』の赤木智弘氏が本を出したそうで、高橋源一郎が書評を書いていてちょっとうんざりした(しかも書評ページのしょっぱな)。そうか高橋源一郎は「サヨク」だったっけな。この雑誌は朝日だったっけな。サヨクかどうかそんなことよりも、なんでか私はこの人(高橋)を信用する気にならない。赤木氏はわりとまともな感性を持った人だと思うのでいいのだが、それを持ち上げようとするオジサンたちはやっぱりあんまり信用できない。斎藤美奈子の連載コラムでは、フリーターや非正規雇用の人が主人公の小説ばかりがありふれすぎていて、と辟易しながら、雨宮処凛の評価は高いようだ(その流行の際先鋒のはずなのに)。フェミニストでサヨクであることが斎藤美奈子の唯一の弱点だと前から思っている。が、そういう立ち位置がしっかりしているからこそ、斎藤美奈子は強いのだろうとも思う。私は、赤木智弘氏には好感を持っているけど雨宮処凛には何ともいえない印象を持っている。男と女の違いかもしれないし、もしかしたら赤木氏には孤立を感じるが雨宮氏には集団を感じるからかもしれない。私がよく知らないだけでどちらも同じなのかもしれないが。
本・雑誌
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20:18:00 |
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2007-10-27 Sat
数年前の芥川賞候補にもなったとのことで、最初読み始めた時にはこの人に賞を取らせるべきだったのではないかと強く思ったが、後半、女との話が中心になると、いかに最低の男かがこれでもかというほど露悪的に描かれるので、こんな人に芥川賞をやってはいけないと思うようになった。もっとも芥川賞自体がもう相当に馬鹿げているので、この賞自体を廃止したほうがいいとは思うのだが(関係ないがノーベル賞も廃止したほうがいいと思う)。
最低の男とはいっても、描かれる男の幼児性や自己中心性は程度の差はあれどの男にもある程度は当てはまるので、それだけに読んでいてとても不愉快になる。たいへんに笑える小説なのだが(ほんとうに面白い)読み終わって「ああ面白かった」ではなくて、なんともいえない不愉快さが残るのは私が女だからだろうが、男性が読んでも身につまされて辛くなる人は多いと思う。一方で、ほんとうに最低だなあこれよりはマシだなあと、下を見て笑えるくらいの名人芸ではあるし、これだけ最低さを露悪的に活写できるのは才能だよなあと思う。
あとがきに著者がこう書いている。「わずかにこれらの作中には、作者の頭の中だけで、観念だけで暴力を語ったり、登場人物を都合良く動かしたりしてる部分が微塵もないところに、当今のバカな読者やバカな評者、編輯者なぞがよろこびそうな小説よりも、いくらかマシな面がなかろうかとの思いもなくはないが、これは他の鑑賞眼の全てに、良しとしてうつるものでもあるまい。(もっとも私個人は、こと小説に関しては、ただ才にまかせただけの観念の産物よりも、その作者自身の血と涙とでもっと描いてくれたものでなければ、まるで読む気もしないし書く気も起こらぬが)」
私はもともと小説があまり好きではなくて、ほんとうに小説を読まないのだけど、その理由はまさにこれであって(だから村上春樹なんておぞけがふるうくらいに嫌いなのだけど)、あとがきのこの部分はそんな気分をうまく言い表してる。書かれていることがどれだけ事実であるかではなくて、書いている人とどれだけ深い部分で繋がっているかが問題なのだろう。そういうものが、とにかく少なすぎるし、昨今特にあまり必要とされていないようにも思える。これほどの笑える名人芸と抱き合わせでなければ無理なんだろう。
多分、業田良家とは比較されるだろうが、私は西村賢太のほうが好きだ。最終的に母性とか何だか大きなものに委ねていく話は気持ちが悪いし、それよりは最後まで投げやりだったり破滅的だったりするほうがいい。本人にとっては幸せなことではないだろうけど。
この人の本をアマゾンで検索すると、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」のところに小谷野敦『悲望』が出てきて、うーんそうかと納得した。ていうか、小谷野さん本人がこの本のレビューしてるし。
そういえば、業田良家が大学中退だと知った呉智英が残念そうに「なーんだ、きみ大学行ってたのー。いいから高卒だということにしなさい。そのほうが(作風からして)箔が付くから」と無茶苦茶なアドバイスをしたといういい話があるけど、西村賢太が中卒というのはそれを地でいっていて、呉智英は鋭いなあと妙に感心した。
明日、業田良家の講演(司会が呉智英)があるので楽しみ。
最低の男とはいっても、描かれる男の幼児性や自己中心性は程度の差はあれどの男にもある程度は当てはまるので、それだけに読んでいてとても不愉快になる。たいへんに笑える小説なのだが(ほんとうに面白い)読み終わって「ああ面白かった」ではなくて、なんともいえない不愉快さが残るのは私が女だからだろうが、男性が読んでも身につまされて辛くなる人は多いと思う。一方で、ほんとうに最低だなあこれよりはマシだなあと、下を見て笑えるくらいの名人芸ではあるし、これだけ最低さを露悪的に活写できるのは才能だよなあと思う。
あとがきに著者がこう書いている。「わずかにこれらの作中には、作者の頭の中だけで、観念だけで暴力を語ったり、登場人物を都合良く動かしたりしてる部分が微塵もないところに、当今のバカな読者やバカな評者、編輯者なぞがよろこびそうな小説よりも、いくらかマシな面がなかろうかとの思いもなくはないが、これは他の鑑賞眼の全てに、良しとしてうつるものでもあるまい。(もっとも私個人は、こと小説に関しては、ただ才にまかせただけの観念の産物よりも、その作者自身の血と涙とでもっと描いてくれたものでなければ、まるで読む気もしないし書く気も起こらぬが)」
私はもともと小説があまり好きではなくて、ほんとうに小説を読まないのだけど、その理由はまさにこれであって(だから村上春樹なんておぞけがふるうくらいに嫌いなのだけど)、あとがきのこの部分はそんな気分をうまく言い表してる。書かれていることがどれだけ事実であるかではなくて、書いている人とどれだけ深い部分で繋がっているかが問題なのだろう。そういうものが、とにかく少なすぎるし、昨今特にあまり必要とされていないようにも思える。これほどの笑える名人芸と抱き合わせでなければ無理なんだろう。
多分、業田良家とは比較されるだろうが、私は西村賢太のほうが好きだ。最終的に母性とか何だか大きなものに委ねていく話は気持ちが悪いし、それよりは最後まで投げやりだったり破滅的だったりするほうがいい。本人にとっては幸せなことではないだろうけど。
この人の本をアマゾンで検索すると、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」のところに小谷野敦『悲望』が出てきて、うーんそうかと納得した。ていうか、小谷野さん本人がこの本のレビューしてるし。
そういえば、業田良家が大学中退だと知った呉智英が残念そうに「なーんだ、きみ大学行ってたのー。いいから高卒だということにしなさい。そのほうが(作風からして)箔が付くから」と無茶苦茶なアドバイスをしたといういい話があるけど、西村賢太が中卒というのはそれを地でいっていて、呉智英は鋭いなあと妙に感心した。
明日、業田良家の講演(司会が呉智英)があるので楽しみ。
本・雑誌
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2007-08-13 Mon
雨宮処凛の「すごい生き方」(すごいタイトルだ)という本のamazonのレビューで、私が雨宮氏に関して感じるモヤモヤを的確に書いてる人がいた。
「様々な病気(アル中や、リストカットを含め)を、巧く「正」のエネルギーに変換し、「回復」した人だけが、意気揚揚と、自ら苦しんだ過去を、「自慢」しているだけの本でしかない。/この作品の中に出てくる、ある団体に属していた私としては、病気をビジネスにする、という考えには今だ(ママ)、納得いかない。/「病気の自慢ごっこ」は、もう、お腹いっぱい。」
このレビュアーの人は自身がアームカッターだったということで、要するに私も含めて、少数者は少数者に厳しい、ということらしい。病気のことを書いても病気自慢にならないやり方もあるとは思うんだけど、それでは「ビジネス」にはならないだろうな。
しかし、「生きづらさ」業界にいたにしては、人間関係も上手そうだし、集団の中にいることもできるし、しかもその中心にいることもできるし、能力も高そうだし、その自分の能力を売り込むことにも長けていて、ネットラジオを聞く限り、おべんちゃらも上手にできる。とても生きづらかった人とは思えない。
「様々な病気(アル中や、リストカットを含め)を、巧く「正」のエネルギーに変換し、「回復」した人だけが、意気揚揚と、自ら苦しんだ過去を、「自慢」しているだけの本でしかない。/この作品の中に出てくる、ある団体に属していた私としては、病気をビジネスにする、という考えには今だ(ママ)、納得いかない。/「病気の自慢ごっこ」は、もう、お腹いっぱい。」
このレビュアーの人は自身がアームカッターだったということで、要するに私も含めて、少数者は少数者に厳しい、ということらしい。病気のことを書いても病気自慢にならないやり方もあるとは思うんだけど、それでは「ビジネス」にはならないだろうな。
しかし、「生きづらさ」業界にいたにしては、人間関係も上手そうだし、集団の中にいることもできるし、しかもその中心にいることもできるし、能力も高そうだし、その自分の能力を売り込むことにも長けていて、ネットラジオを聞く限り、おべんちゃらも上手にできる。とても生きづらかった人とは思えない。
本・雑誌
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2007-04-18 Wed
「花猫がゆく」をリニューアル&引っ越ししました。URLが変更になっていますので、もしブックマーク登録をされている方がおられましたら、ご変更お願いします。
中身は以前と変わりません。当面、更新する予定がないので、倉庫になる予定。
ただテキスト突っ込んだだけで、愛想ないです。
前に使ってたgeocitiesが、買収されたり仕様変更したりしてバグが出たのか、久しぶりに見たら行揃えがめちゃくちゃになってた。とりあえず見やすくはなったのではと。
中身は以前と変わりません。当面、更新する予定がないので、倉庫になる予定。
ただテキスト突っ込んだだけで、愛想ないです。
前に使ってたgeocitiesが、買収されたり仕様変更したりしてバグが出たのか、久しぶりに見たら行揃えがめちゃくちゃになってた。とりあえず見やすくはなったのではと。
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